トレーニング指導において、筋肉や体脂肪だけでなく、メンタルや集中力の安定をサポートすることは極めて重要だ。近年、食事と神経伝達物質(ニューロトランスミッター)との関係に注目が集まっている。セロトニンやドーパミンといった脳内物質は、気分や動機付け、行動パターンに大きく影響する。これらの分泌や代謝は、実は食事の内容によって変化する可能性があるのだ。
食事はエネルギー補給だけでなく、脳の神経伝達にも深く関与している。近年、補完代替医療(CAM)の分野では、うつ症状やストレスケアにおける食事療法の活用が広がっている。これは、食品に含まれる栄養素や化学成分が神経伝達物質の前駆体(材料)となり、脳の働きに影響するためである。
例えば、鉄や葉酸の不足は疲労感や抑うつ傾向を助長するが、適切な補給で改善する可能性があると報告されている。また、神経伝達物質そのもの、あるいはその前駆体を多く含む食品が存在することも明らかになりつつある。
・アセチルコリン:筋肉の収縮や記憶力に関与する物質で、ホウレンソウやナス、カボチャなどに含まれる。特にイラクサの根には高濃度で存在する。
・グルタミン酸:うま味成分として有名だが、脳では興奮性神経伝達物質として機能する。昆布や味噌、パルメザンチーズなどの発酵食品に豊富だ。
・GABA(γ-アミノ酪酸):リラックス作用で知られ、発芽玄米や豆類、ホウレンソウ、トマトに多い。
・ドーパミン:モチベーションや快楽に関与し、バナナやアボカド、豆類に含まれる。
・セロトニン:幸福感に関わる物質で、バナナやトマト、ナッツ類に多い。
・ヒスタミン:免疫反応や覚醒に関わるが、過剰摂取で中毒を起こす可能性がある。チーズやワイン、発酵食品に多く含まれるため、保存状態には注意が必要だ。
近年の報告では、ニューロトランスミッターを豊富に含む食品が、ストレス耐性や睡眠の質、集中力にプラスの影響を与える可能性が示唆されている。例えば、GABAを多く含む発芽玄米や発酵食品は、交感神経を抑えリラックスを促すことが期待される。また、セロトニンの材料となるトリプトファンを含む食品(大豆製品やバナナ)は、睡眠の質を高めるサポートとして注目される。
一方で、ヒスタミンやチラミンなどの生体アミンを過剰摂取すると、頭痛や不安、動悸などのリスクもある。トレーナーとしては、食品選びのメリットとリスクの双方を理解することが重要だ。
トレーナーがクライアントにアドバイスする際、単に「糖質制限」や「高たんぱく食」を提案するだけでは不十分だ。筋肉をつくるためのたんぱく質、エネルギーを生み出す炭水化物、ホルモン合成に必要な脂質に加え、脳のパフォーマンスを支える食品にも目を向けるべきである。
例えば、減量期のイライラや集中力低下に悩むクライアントには、GABAを含む発酵食品や、セロトニン合成を助けるトリプトファン食品を取り入れる工夫が有効だ。また、ハードトレーニングを続けるアスリートには、ドーパミン前駆体を含む食品(豆類やバナナ)でメンタルモチベーションを維持する戦略も考えられる。
ダイエットやボディメイクの成否は、食事と運動だけでなく、メンタルの安定にも大きく左右される。そのメンタルに直接影響を与えるのが、食事に含まれる神経伝達物質やその前駆体である。トレーナーがこの知識を持ち、科学的に根拠のあるアドバイスを提供できれば、クライアントからの信頼は一層高まるだろう。
「栄養学を学ぶこと」は、もはや付加価値ではなく、プロの必須スキルである。心身のパフォーマンスを最大化するために、今日から“食と脳の科学”を取り入れよう。
参考文献:Matteo Briguglio et al, Nutrients. 2018 May 13;10(5):591. Dietary Neurotransmitters: A Narrative Review on Current Knowledge
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