2025年、ノーベル生理学・医学賞の受賞が決まった坂口志文・大阪大学特任教授。その業績「制御性T細胞(Treg)の発見」は、免疫学の快挙にとどまらず、「なぜ昨日食べたものが、今日の調子に影響するのか」その科学的理由を明らかにしつつある。
私たちの体は、ウイルスや細菌を攻撃する「免疫のアクセル」だけでなく、過剰反応を抑える「ブレーキ」も備えている。Tregはこのブレーキ役として、炎症を沈め、損傷した組織を修復に導く。
つまりTregは、「免疫の均衡(バランス)」を司る精密装置なのだ。
そしてこのバランスの微細な変化こそが、私たちが日常的に感じる体調の波に深く関わっている。
朝起きた時の胃腸の重さ、なんとなく現れる肌荒れや小さな発疹、髪のパサつき、関節のダルさ、頭がすっきりしない日など、これらの「なんとなく調子が悪い」感覚は、前日に食べたもの、さっき口にした食品に含まれる栄養素やマイクロRNAが、Tregや関連する免疫システムに影響を与えた結果かもしれない。
注目すべきは、Tregが代謝環境に直結する食の影響を強く受けることだ。
つまり、「何を食べるか」「どのように代謝されるか」が、免疫のブレーキの強さを決め、翌日の体調に直結する時代に入っている。
例えば、
・ 油っこいものを食べた翌朝、胃がもたれて肌がくすんでいる
・ 野菜不足が続くと、なんとなく関節がダルく、集中力が続かない
・ 野菜を意識的に摂った日は、翌朝の目覚めがすっきりしている
・ コンビニなどで超加工食品ばかりが続くと気分が高まりにくい
大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)の研究によれば、Tregは臓器特異的に異なる代謝燃料を利用している。腸では短鎖脂肪酸(酪酸など)、肝臓では脂質代謝、脳では“幸せホルモン”セロトニンの原料にもなるトリプトファン誘導体を利用している。
つまり、食事の影響は各臓器におけるTregを活性化し、臓器ごとの調子を左右する可能性がある。
さらに驚くべきは、食品が持つ情報分子の存在だ。
食物には、マイクロRNAを含むエクソソーム様ナノ粒子(細胞から分泌される“情報カプセル”)が存在し、腸管で吸収され、免疫遺伝子の発現を調節することが報告されている。
食事由来のエクソソーム様ナノ粒子が腸内Tregと相互作用して免疫や炎症、代謝、細胞機能に影響している可能性が考えられる。
つまり、食品は単なる「栄養」ではなく「情報」としても免疫を動かす。
朝起きて肌に小さな発疹を見つけた時、それは前日食べた食物のマイクロRNAが免疫バランスに影響した結果かもしれないし、髪がパサついているのは、必要なフィトケミカルが不足して頭皮の微小炎症が続いているサインかもしれない。そして、関節のダルさも、炎症を抑えるTregの働きが食事の影響で低下し、微細な炎症反応が起きている可能性がある。
これらから、食物の栄養素、食事由来エクソソーム様ナノ粒子(マイクロRNA)とTregによる免疫機構との相互作用が、日々の体調を調節している可能性が浮かび上がる。
今後の栄養学的な研究が進むことが期待される。
近い将来、私たちは朝起きた時の体調から、昨日食べたもののTregへの影響を逆算できるようになるかもしれない。
スマートウォッチで測定した炎症マーカーと食事記録を組み合わせ、
「今日のあなたにはトマトとブロッコリーが必要です」
「明日の集中力のために、今夜は納豆を食べましょう」
といった個別化された栄養アドバイスを受ける時代が来るかもしれない。
これは「パーソナル免疫栄養」の実現といえる。
一人ひとりの代謝・腸内環境・免疫バランスの特性を解析し、その人専用の「Treg最適化食事メニュー」が設計される。
日々の体調の管理を、食事によって積極的にコントロールできる新時代に期待が高まる。
坂口教授のノーベル賞は、日本の免疫学の伝統を再び世界に示した。その本質は、"病気を治す"よりも、"日々を快適に過ごす力を理解する"ことにつながる。
食べること、動くこと、休むこと。
それらの行為が、私たちの体内でTregという免疫の調律者をコントロールし、明日の目覚めの質を決める。
これまで「免疫を高める」ことが健康の指標だった。
これからは「免疫を整える」ことが、日常の体調管理・栄養・トレーニングの新しい指標になるだろう。
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