- 加齢
高齢者の低栄養やフレイルの背景には、摂取量の減少だけでなく、「噛む力の低下」が関与していることが分かってきています。
近年、歯科・栄養・老年医学の分野で注目されているのが、口腔機能低下症という概念です。
本記事では、口腔機能低下症の基礎知識と、「噛む食品」に着目した最新の研究報告をもとに、食事と口腔機能の関係を整理します。
口腔機能低下症とは、加齢や疾患などを背景に、口腔の機能が複合的に低下した状態を指します。
日本老年歯科医学会では、以下7項目の検査を用いて評価します。
・口腔衛生状態
・口腔乾燥
・咬合力
・舌口唇運動機能
・舌圧
・咀嚼機能
・嚥下機能
これらのうち複数項目に機能低下が認められる場合、口腔機能低下症と診断されます。
口腔機能が低下すると、以下のような変化が起こりやすくなります。
・硬い食品や繊維の多い食品を避ける
・食事時間が長くなる
・食事量や食品数が減少する
その結果、
・エネルギー不足
・たんぱく質摂取量の低下
・食品多様性の低下
が生じやすくなり、低栄養、フレイル、サルコペニアのリスクが高まることが知られています。
こうした課題に対し、北海道大学と日本ハムに所属する研究者らは、噛む回数が多くなる食品を日常的に摂取した場合の影響を検討しました。
研究の概要
対象:地域在住高齢者および大学病院歯科外来患者
参加者数:35名(最終解析31名)
介入内容:
・かみ応えのある食肉加工品(ソーセージ)
・1日1~2本
・3か月間継続摂取
評価方法:口腔機能低下症の診断に用いられる7項目を、介入前後で比較
報告された結果
介入を完了した参加者では、
・口腔衛生状態
・舌口唇運動機能
・咀嚼機能
・口腔機能低下症の該当項目数
これらの指標において、統計学的に有意な改善が報告されました。
特筆すべき点は、特別な訓練やリハビリではなく、日常の食事に「噛む刺激」を取り入れた点です。
研究結果の解釈にあたって
本研究は、比較対照群を設けない単群のパイロット研究であり、現時点では学会発表段階の報告です。
そのため、
・因果関係の確定
・他集団への一般化
については、今後の研究の蓄積が必要です。
一方で、
・高齢者が無理なく継続できる
・調理や特別な準備を必要としない
・噛む刺激とたんぱく質摂取を同時に考えられる
という条件のもとで、口腔機能に前向きな変化が観察された点は、食事支援を考えるうえで重要な示唆を与えています。
噛む力の低下は、「食べられない」という問題だけでなく、栄養摂取の質そのものに影響します。
栄養を考える際には、
・何を食べるか
・どれだけ食べるか
だけでなく、
・どのように食べられているか
という視点が不可欠です。
口腔機能は、栄養が体内に入る最初のステップであり、軽視できない要素といえます。
口腔機能低下症は、低栄養やフレイルと密接に関係する重要な健康課題です。
噛む刺激を保つ食事の工夫は、高齢期の栄養状態を支える一つの選択肢となり得ます。
今後は、歯科・栄養・食品分野が連携し、生活に根ざした口腔機能支援を検討していくことが求められます。
出典・参考文献
・Miura K., Inamoto K., Ozaki K., et al.The effects of foods that require frequent chewing on oral function: A pilot study.11th Asian Conference for Frailty and Sarcopenia, 2025.
※学会発表(単群パイロット研究)。査読付き論文としての掲載は現時点で未確認。
・日本老年歯科医学会
口腔機能低下症 診療ガイドライン
Q1. 最近、家族が「食べにくそう」なのですが、年齢のせいでしょうか?
A.年齢による変化が影響することはありますが、「噛みにくい」「食事に時間がかかる」といった変化は、口腔機能低下のサインである可能性があります。気になる場合は、歯科医師に相談することが大切です。
Q2. 口腔機能低下症とは、家族が気づけるものですか?
A.専門的な診断は歯科医療機関で行われますが、ご家族が気づける変化も多くあります。
例えば、
・食事に時間がかかる
・硬いものを残すようになった
・食べこぼしが増えた
・発音が不明瞭になった
こうした変化が重なる場合、注意が必要です。
Q3. 噛めないなら、柔らかい食事にした方が良いのでしょうか?
A.嚥下障害など医学的な理由がある場合を除き、すべてを柔らかい食事にする必要はありません。噛める力が残っている場合は、無理のない範囲で噛む刺激を保つことが大切です。
Q4. 噛む力が落ちると、栄養面では何が心配ですか?
A.
噛みにくくなると、
・肉や野菜を避ける
・食品の種類が減る
といった変化が起こりやすくなります。その結果、たんぱく質やエネルギー不足につながる可能性があります。
Q5. 家庭でできる、噛む力を保つ工夫はありますか?
A.特別なトレーニングよりも、日常の工夫が重要です。
・食材の切り方を工夫する
・噛みやすい大きさにする
・食事の時間を十分にとる
・「よく噛めているか」を声かけする
無理に硬いものを食べさせる必要はありません。
Q6. 口腔機能低下症は、放っておくとどうなりますか?
A.口腔機能の低下が進むと、食事量や食事の質が低下しやすくなります。その結果、低栄養や体力低下(フレイル)につながる可能性があります。早めに気づき、対応することが重要です。
Q7. 食事以外で、家族ができるサポートはありますか?
A.食事だけでなく、以下の点も大切です。
・定期的な歯科受診を促す
・口の中を清潔に保つ
・会話や発声の機会を増やす
口を使う機会を減らさないことが、口腔機能の維持につながります。
Q8. 今回紹介されている研究は、家族としてどう受け止めればよいですか?
A.紹介されている研究は、噛む刺激を保つ食事が口腔機能に関係する可能性を示したものです。ただし、すべての人に当てはまると断定できる段階ではありません。一つの参考情報として受け止め、個別の状況は医療専門職に相談することが大切です。
Q9. どんなときに専門家に相談すべきですか?
A.以下のような変化が続く場合は、相談を検討しましょう。
・食事量が明らかに減った
・食事を楽しめなくなった
・むせることが増えた
・体重が減ってきた
歯科医師や管理栄養士に相談することで、適切な対応をとることができます。
Q10. 家族として、一番大切なことは何ですか?
A.「年齢のせい」と決めつけず、小さな変化に気づくことが最も重要です。噛む力や食べ方の変化は、健康状態を知る大切なサインになります。